日本にはかつて湯治という優れた習慣がありましたが、日本では「温泉療法」という言葉について現代医科学の立場からの明確な定義はありません。現代の温泉療法の定義としては、国際温泉気候医学会(ISMH)のリーダー格であるドイツ温泉協会が定めた概念「地価の天然産物である温泉水、天然ガスや泥状物質などのほか、温泉地の気候要素(自然環境全般)も含めて医療や保養に利用すること」が一般的に受け入れられています。ヨーロッパ諸国では、古代から温泉を医療に利用していて「バルネオセラピー」(温泉療法)と呼ばれてきました。
温泉療法は、温泉病院で医師の管理の下で行う慢性病の治療やリハビリテーションなどの「狭義の医療的温泉療法」と、温泉を健康づくり、病気の予防・保養に活用する「温泉ウェルネス」に分けられます。これからは、現代医科学的な根拠に基づく温泉ウェルネス(エビデンス・ベースドテンメディスン=EBM)が、社会的に大きな意味をもつ時代になると考えます。
温泉療法では、温泉入浴ばかりでなく、理学療法や運動などの刺激を繰り返し受けます。日常生活から離れて温泉地に転地すると温泉地の新しい気候環境にさらされます。また、温泉浴や運動により体を無理なく温め全身の血行がよくなり、老廃物の代謝、排出も促されて心身のリラックス効果が高まります。からだのいろいろな機能は、温泉水や温泉地の環境から、複合的な刺激を繰り返し受け揺さぶられ、この心身機能への揺さぶりに対して、自律神経系、内分泌系、免疫系などが相互に関連しながら総合的に作用します。その過程で生体機能は少しずつ変調し、身体本来が持っている自然治癒力が強化されます。
温泉療法は、薬物等を使わないでストレス状態を解消し、歪んだ生体リズムを戻すのに適しています。最先端の現代医学を補うものとして、予防医学、リハビリテーション、心身症・ストレス関連性疾患、慢性疾患等に対応できます。
海洋療法、気候療法と同様、温泉療法もまた、自然療法の一種であり、健康保養地医学の原則にも度づいて実施されます。日本の温泉利用は、一部の湯治施設を除き温泉旅館、ホテルで温泉に入浴することだけが主体ですが、世界の温泉療法では日本では考えもつかない活用が行われています。
吸入療法は、ヨーロッパの温泉療法として最も重要な要素です。温泉水を細かな粒子にして、呼吸しながら吸引します。個別にまたは集団で行います。 ドイツの食塩泉療養地では、食塩の製造とエアロゾルによる治療を兼ねた専用施設グラディルベルケ(gradierwerk)を使用しています。この施設は枝を10m低程度に積み上げた屋根を付け、下部より食塩泉をくみ上げ、上部より積み上げた枝に流下させ、枝の中を流下しながら食塩泉水は小さな粒子となり、周辺にエアロゾルを散らせます。患者・利用者は、この施設の周辺をウォーキングしたり、ベンチで休息し、エアロゾルを吸入します。
吸入療法とは異なり、経皮からの成分の吸収を目的に行います。
水中運動療法は、水の物理的特性(浮力・温熱・圧力・粘性抵抗)を活用し、患者または利用者に効果的に運動刺激、熱刺激を同時に与える療法です。フランス中東部エクスレバン(Aix-les-Bain)で行われている水中運動では、水流に抵抗してウォーキングを行ったり水中に設置した運動療法専用の椅子を使用し、主としてリウマチ疾患による股関節、膝関節の障害を改善するリハビリテーションが行われています。
ヨーロッパの多くの温泉保養地、海洋療法地で導入されている動水圧を併用して行う方法では、6~10名程度で使用する専用のプールを設置し、運動指導者が指導して行います。プログラムは、目的別、体力別に細分化され、高い精度を要求される運動療法、リハビリテーションなど、専門性の高い目的で行われています。
医科学的に管理された広義の温泉療法は、ストレス社会、高齢社会の中で、日常生活のリフレッシュ、心身のバランスが取れた健康生活を長く維持し、糖尿病や高血圧症などの生活習慣病を予防するためにも有効です。
日頃の生活から気候や地形の異なる温泉地に転地して、温泉浴に加え静かな場所での睡眠、読書、散策などの休養行動で心身はリラックスします。一方日常の労働から離れてストレスをのぞいたり、温泉プールでの軽い水中運動、森林浴、レクリエーション的なスポーツを楽しむなど、自然環境(泉質、気候、地形)を活かした温泉療養のための施設を整えることが、これからの日本の大きな課題といえます。
健康寿命の延伸やQOL(生活の質)の向上を実現するためにも、疾病予防のための「健診による早期発見、早期治療」に留まらず、「健康を増進し、疾病の発病を予防する」ことが必要と考えます。メタボリック症候群の予防、対策という意味でも温泉療法は、心身のリラクゼーション、ストレスからの解放、温熱療法、理学療法、運動療法、食事療法など、統合的に取り組むことで、誰もが楽しく、気軽にでき、しかも安全で副作用などの少ない療法のひとつといえます。
日本で初めての介護を予防するための温泉活用型施設です。専門的で精度の高い介護予防とQOL(生活の質)の向上に努め、高齢者の健康寿命を延伸することで、自立した生活を送ることができるよう支援しています。要支援、要介護認定者の人数や、介護保険費用等の削減に貢献することを目的としています。水中運動療法、陸上運動療法、温熱療法、パーソナルケアを複合的に組み合わせ、相乗効果により、高い満足度を目指しています。
温泉療法は、医療やリハビリテーションと同様、事前のヘルスチェックと測定を行い、安全性の確保と温泉療法の刺激による効果を最適化するためのアセスメントを行います。ヘルスチェックと測定の内容は、目的によって大きく異なります。気晴らし、運動不足の解消などの目的であれば、簡単な病歴と現在の健康状態の確認程度ですが、二次・三次予防を目的にした場合は、詳細な確認と測定が必要になります。アセスメントの結果を受けて、温泉療法プログラムが作成されます。内容は、目的と刺激への耐性に合わせて水治療法、運動療法、温熱療法、吸入療法を組み合わせて作成されます。
一日限りの利用から会員として月単位での利用まで様々ありますので、プログラムは、一日から3ヶ月以上の長期まで、利用者の滞在期間に応じて調整します。所定の利用期間後、再度ヘルスチェック、測定を行いアセスメント行い、これまでのプログラムを見直して再作成します。
プログラムを作成するための重要なポイントは、自然療法の原則に基づき、できる限り多様な刺激を複合的に与えることです。また、時間生物学サーカディアンリズム、サーカセプタンリズムに基づいたプログラム内容の調整が必要です。
温泉入浴は心身ともに安らぐ至福の時ですが、温泉水でなくても湯そのものが持っている物理的な性質(浮力、静水圧、温度、粘性など)を活用して入浴による身体への影響を記します。
入浴はアルキメデスの原理に基づき、浮力により関節や筋肉への負担が軽くなるため体に麻痺があったり、筋力が弱っている人にでも動きやすくなります。一方で水中では手足を動かしにくいですが、水中に入るだけで、細かい筋肉の運動になります。また静水圧により、体内の血液分布が大きく変わり、四肢、皮膚、腹部等の静脈血は心臓に向かって移動し、静脈還流が増えます。心臓に負担をかけないように水分調節に関係する多くのホルモンが動員されます。精神的な満足感、浮力によるリラックス作用も大きいです。また、最近注目されている熱ショックタンパク質(HSP)は、細胞が障害を受けた時に体内で生産され、生涯を修復する働きを持っています。HSPの一種HSP70は、38-39℃の入浴で最も多く誘導されることがわかっており、微温浴・温浴は、ストレス障害、疲労の回復、傷などの修復、免疫力を高めることに有効であるということがわかります。「日常的にぬるい湯に入ることが身体に良い」といえると思われます。
WELDは、健康保養地医学、自然療法の概念を基礎に、海洋療法、温泉療法、気候療法の研究、開発を行ってきました。
それらの基礎的な概念と理論は、40年以上にわたり、国内外で健康保養地医学を研究されてきた阿岸祐幸北海道大学名誉教授に20年以上にわたりご指導いただいてきました。
その中で、欧州の第一線の研究者とWELDとのネットワークを構築していただき、フランス、ドイツ、オーストリア、チェコ、イスラエル、韓国との共同のプロジェクトを通じて、現在も新たな健康保養地医学の知見を求めて活動を続けています。
WELDは、日本においての健康保養地医学の普及と環境作りを目指して、現在も日本全国で活動を継続しています。
従来そして現在の日本での温泉の活用は、保養、レジャーとしての活用が主流です。大地の恵みである温泉資源にはより健康に貢献できる潜在力を有しているとWELDは考えています。WELDにとっての温泉は、健康資源であり、地域固有の地域活性資源です。WELDは、温泉資源を最大限効果的に活用するため、欧州で発展し伝統的に行われてきた温泉療法の系譜を受け継ぎ、医学、科学にもとづいたプログラムを提供します。同時に、日本の伝統的な医学、健康法も取り入れ、地域に適した医療と健康づくりの環境を目指します。